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![]() [メールフォーム] [更新履歴] 続編: [些細な出来事なのダ]
[些細な出来事なのダ] に続く...
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![]() ◎ カンファレンス 2005年8月19日 AM10時頃、K先生によるカンファレンスが始まる。 まず骨髄穿刺(マルク)の結果は陰性。問題無し。血液検査は、
<<< 退院 >>> が決定した!! バンザイ!!!!! 赤血球はまだまだ少ないが、退院には問題は無いらしい!? なお退院しても、すぐに仕事復帰したり、遊びほうけたり出来るわけでは無い。数ヶ月は「自宅療養」である。それでも病院内にいるよりは、ずっとマシだ!! その他の注意事項は以下の通り
ちなみに次の通院日は 8月30日 である。 ◎ 退院 カンファレンスの終了後、さっそく退院の準備。荷物をまとめ、それを YUKO が車まで運んでくれた。結構な量だが、これでも少なくなった方。一般病室に置けるモノは無菌室よりずっと少ないので、多くは既に持ち帰っていたノダ。 なお余ったテレビカードは、仲の良い患者仲間にあげた。 その後、すべて片付けてベットを後にする。もうココに寝なくていいのだ(希望)。そしてナースステーションへ向かった!! ここで、お世話になった看護婦さんたちにお礼を言う。もっともこの日に出勤されている看護婦さんにしか言えないのだが。。。 「長い間お世話になりました」 なお K先生には今後も外来で会うことになるが、こちらの看護婦さんには(再入院でもしない限り)あまりお会いすることもないだろう。そう考えると感慨深いものがある(美人の看護婦さんが多かっただけに)。 2005年8月19日 AM11時頃、車に乗って自宅に向かう。長かった入院生活がようやく終了したのだ!!! しかし実際には、最初のステージが終了しただけに過ぎない。これは自戒する必要がある。少なくとも完治までは、ずっと通院しなければならないし、薬も飲み続けなければならないのだ。。。。。 <追記> 退院時点での頭部は結局「スキンヘッドもどき」の状態である!! ◎ 謝辞 白血病になったこと自体は不幸なことであったが、その後いろいろな幸運に恵まれて今の私がいる。このことは偶然にも、優れた医師との出会いによって成されたといっても過言ではない。 まずは主治医の K先生。適切な治療、ありがとうございました。今後もよろしくお願い致します。次に M歯科医院の M先生。あなたが発見してくれなければ、死んでたかもしれません。 看護婦さんにも大変お世話になりました。いろいろとご迷惑もお掛けしたことをお詫び申し上げます。その他、病院スタッフの方々にも感謝致します。 父母や兄弟、友人たちにはご心配をお掛けしました。またお見舞いに来てくれた方々、ありがとうございます。 そして最後に妻である YUKO。妻には感謝しても、し過ぎることはない。ほぼ毎日付き添いに来てくれ、自分が入院した時でさえ私のことを心配していた。また入院に関する事務事項等を一手に行い、白血病情報も詳細に収集していたようだ。 照れるのでこれぐらいにしておくが、どうもありがとうございました!!
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